久しぶりに読書会に参加できました。 課題図書は『レオナルド・ダ・ヴィンチ』ウォルター・アイザックソン著 この著者はスティーブ・ジョブズの評伝で有名な評伝作家で、今作も大変な力作でした。 レオナルドが残した膨大なスケッチやメモをエビデンスとして、有名な作品の解説だけでなく私生活や人柄が伝わり、立体的にレオナルドのことが感じられる。
以下感想文
―― 『レオナルド・ダ・ヴィンチ』ウォルター・アイザックソン著 を読んで
2020年3月14日 竹森紘臣
本書はイタリア・ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチについて書かれた評伝である。作者のウォルター・アイザックソンは今作以前に科学者のアインシュタインやアップル社創業者のスティーヴ・ジョブスの評伝を書いている。世界的に有名な評伝作家だ。今作の中にもときおりジョブスが登場する。ジョブスがレオナルドの信望者であることは有名だ。
本書はレオナルドの生涯を単純に時代順に追ったものではない。彼の携わった仕事や研究について章ごとに焦点を当てて書かれている。彼は単なる芸術家ではなく、光学、解剖学、数学、水理学など飽くなき探究心で観察、スケッチし、多くのことを独学で学びとった。そしてそれらの科学を芸術と結びつけて新しい創造性を生み出したイノベーターだ。本書の根拠のほとんどはレオナルドが7200枚のノートに残したスケッチやメモだ。絵画の習作、観察記録、発明の構想など創作に関することから、恋人へのプレゼントの値段などプライベートなものまでその内容は多岐にわたる。
レオナルドと聞いてすぐに思い浮かぶのは、モナリザ、最後の晩餐などの絵画作品だ。次に読書会で読んだチェーザレの話の中の軍事顧問、僕自身の職業柄から建築家として顔が思い起こさせる。これだけでも十分に多才だ。レオナルドの断片的な知識は誰もが持っている。本書の面白さはその断片を人間らしいエピソードとともに描いていることだ。例えば依頼された仕事を放り出しがちとか、自らの肖像は実年齢より老けて描いているとか、レオナルドのことをより立体的に感じることができる。彼の有名な自画像からレオナルドを気難しい人間だと決めつけていた。しかし実際は友達も多く周囲から愛される存在だったようだ。逆にミケランジェロのことはダビデ像のイメージから好青年と思っていた。そんな人間像や人間関係を思い描きながら彼らの作品を見ると今までとは違った印象が湧いてきて楽しい。
さて僕の仕事は建築家でハノイで設計事務所を運営している。僕の事務所では今年から1日1枚のスケッチをスタッフと一緒に毎朝描いている。半年に一度スケッチ大賞を決めて日本までの往復航空券を副賞とした。動機は不純でもよいのでスケッチによって建築家としてのスキルをスタッフに磨いてもらうのが狙いだ。
スケッチの良さはまずよく観察するということにある。観察によって多くのことを学ぶ。ビジュアル化はただ漫然と見ているだけではできない。細部をじっくりと観察し分析することが重要だ。それをスケッチして紙に定着させる。できたスケッチには、観察の中で大切だと感じた部分だけが浮かびあがる。それを自分自身で見直して、自分が何を大切と感じたのかを確認でき保存もできる。そして他者に見せることで「驚きと刺激」のあるプレゼンテーションになるのだ。しかもレオナルドのスケッチのように時空を超えて多くのひとに影響を与えることもある。単なる記録だけなら写真の方が便利だ。しかし描いている人自身も含め多くの人たちの肉体に染みるような知識にするにはスケッチのほうが優れている。
本書の最後に「レオナルドに学ぶ」という一節がある。その中には「観察する」「細部から始める」「視覚的に考える」「紙にメモを取る」などの項目がある。上述したスケッチの要領と同じだ。最近は「デザイン思考」と呼ばれて、デザイン分野以外の職業でもこれらのデザイン的なアプローチが重要だといわれている。
著者が指摘する「学ぶ」は上述のような技術的なことだけではない。真っ先に挙げられている「飽くなき好奇心を持つ」や「熱に浮かされる」はいわゆるパッションの話で、これもどんな職業にも共通するものだ。信念や情熱というものは時代や分野に関わらず、最も大切なものだ。
「学ぶ」の中で僕の心に引っ掛かっているのが「謎のまま受け入れる」だ。そこには「あらゆるものにははっきりとした輪郭は必要ない。」という説明が付されている。この輪郭とは何を指しているのか。例えば彼のスケッチにあるヘリコプターのようなものとか、その時代にまだ存在しない何かの輪郭ということだろう。
著者は「真のビジョナリー(先見性のある人物)には、無理を承知で挑戦し、ときに失敗することもいとわない姿勢が欠かせない」と指摘する。作品をつくり始めるときは誰もが不安だ。この世にまだないものをつくるなら、なおさらだ。ゴールが見えないマラソンを走るようなものだ。レオナルドはもがく才能が素晴らしかったのではないだろうか。彼にあったのは先見性ではなく、そのとき、その瞬間の自分自身の情熱や信念を信じて実行する力だ。レオナルドの作品の多くは未完に終わった。輪郭も見えないものも謎のまま受け入れてチャレンジすること、未完として途中で終わっても後世に語り継がれるような作品になるほど愚直に力を注ぎ続けること、本書を通してこのメンタリティを彼から学んだ。
(1999文字)
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